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東京十社 源頼朝が品川に神社を建てたその理由。 品川神社の歩き方。 (東京都品川区)

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東京十社に数えられる品川神社。歴史は古く、平安時代末期に源頼朝海上交通安全祈願成就の為、創建したと伝えられます。品川駅前の大ビル群から2駅離れた新馬場駅で降り、今でも多くの人が訪れるその神社を訪ねてみました。

 

 

 

御祭神とご利益

こちらが社殿です。

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  • 御祭神
  • ・天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと)
  • 天岩戸の神話に登場する祭祀をつかさどる神様・天太玉命(あめのふとだまのみこと)の奥さん祈願成就・航海安全の神様とされ千葉県館山市の洲崎神社から、源頼朝によってこの地に勧請されてきました。

  • ・宇賀之売命(うがのめのみこと)

  • いわゆるお稲荷様。農業・商業・産業繁栄の神様

  • ・素盞嗚尊(すさのおのみこと)

    風水害除け・厄除け・病気除けの神様

 

 

この三柱がまつられています。

源頼朝が品川神社を創建した際に祀られたのは天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと)の一柱でした。調べてみると頼朝が海上交通安全の神として知られるその神様品川に置いたのには理由があったようです。

 

品川は江戸時代、日本の大動脈・東海道の第一の宿場町として知られますが、どうやらそれ以前もやはり交通の要衝だったのです。

 

鎌倉時代には、鎌倉幕府の御家人・大井氏・品河氏が開発を進め、各地から商船が集まるようになります。室町時代には紀伊半島・東海地方と関東を結ぶ拠点になり、東京湾から川をつたって北関東や東北へ続く中継点にもなっていきます。また裕福な商人や海運業者が土地や建物を寺院に寄進したり、布教の拠点としても適した場所であったということもあり、各宗派の寺院が多く建てられさらに賑わいをみせていくことになります。

 

それではさらにさかのぼって品川神社創建時、平安末期はどうだったのでしょうか。詳しい資料は残っていないようですが、どうやら平安時代には京の都と国府をつなぐ古代の東海道のようなものの駅が品川周辺にすでにあったようでその遺跡が発掘されることで確認されています。わざわざ頼朝が海上交通安全の神を勧請してきたということは港としても機能していたことが推測され、海路・陸路共にすでに重要な場所であったのではないでしょうか。

 

今でも東海道新幹線が通るこの品川の駅の近くにこの神様はいるべくしていることがわかります。もしくはこの神様がいたからこそここまで発展してきたのかもしれません。そう考えるとこの日本の経済や流通を支えてきてくれたありがたい神様だということが実感できます。その感謝の思いを込めて神様に手を合わせてみてはいかがでしょうか。

 

 

東京十社に選ばれる

明治の時代がこれから始まるという明治元年、明治天皇が東京の安寧と国家の繁栄を祈祷するため品川神社を含んだ十社を「准勅祭神社(じゅんちょくさいじんじゃ)」と定め、使者を派遣し参拝させ祈願しました。

最近の神社ブームで、その東京十社巡りをする神社ファンは多く、十社の御朱印集めや絵馬集めも人気です。

 

東京十社 = 根津神社、芝大神宮、神田神社、日枝神社、亀戸天神社、白山神社、品川神社、富岡八幡宮、赤坂氷川神社、王子神社。

 

阿那稲荷神社

品川神社は末社も面白いです。

こちらは阿那稲荷神社。社殿の右横にあります。

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横の階段を下りると一段低いところにもう一つ同じ阿那稲荷神社があります。

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神社の説明によると上の社が天の恵みの霊を司り、下の社が地の恵みの霊ご神水を祀る神社になっているそうです。実際、下の社は薄暗く地底感?があります。稲荷神社の中は三つの神社の合社になっていました。

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横を見ると一粒萬倍のご神水が竜の口から流れています

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一粒萬倍とはお米一粒より万倍の稲穂ができることを意味します。ここで小銭や印鑑を洗うとお金持ちになれるとか。洗ったお金は神社の近くのお店で使うと神様が喜ぶそうです。

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 お札を洗うときはびしょびしょにしないで、端をちょこっと濡らすだけで大丈夫だそうです。(神様。欲深いわたくしをお許しください・・・。)

 

結構怖いぞ! 富士塚に登ろう!

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 こちらは富士塚(ふじづか)

富士講(ふじこう)という富士登山と祈祷をミックスした民間信仰があります。富士講の方たちは富士登山をすることで祈りを捧げるのですが、なかなか日常ではそのような時間を作るのは難しく、体力的に無理な人もいらっしゃるいます。そこで、そういった方たちも富士山を登ったのと同じご利益が得られるようにと作られたのが富士塚で、全国各地にいくつも同様のものが見られますが、品川神社の富士塚は都内最大の15mで実際に富士山の溶岩で作られています

 

鳥居の先に柵が見えますが、その中に入っているのは役行者(えんのぎょうじゃ)という修験道の開祖の像です。人間でありながらその霊力の強さから、服従させた鬼に水汲みや薪割をさせていたという伝説の持ち主です。

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階段はこんな感じ。

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結構急で怖いです。体力的には疲れるような大きさではないので簡単に登れますが、柵らしい柵がないので高いところが苦手な人は単純に怖いかもしれないです。足元に気を付けてゆっくり登ってください。上から見るとこんな感じに見えます。

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頂上の見晴らしです。

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特に頂上には何もないです。登ることに意味があるのです。

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しかし、頂上から見ると山の中腹あたりに小さな怪しげな祠がみえました。これは「小御嶽の祠(こみたけのほこら)」と呼ばれる祠のようです。

冨士山の5合目は「天狗の庭」と言って富士講の人たちにとって特別な場所で、実際の冨士山ではその五合目に小御嶽神社(こみたけじんじゃ)があるのですが、それを模して小さな祠を置いているようです。ディテイルのこだわりが面白い。ちなみに御祭神はイワナガヒメです。

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 祠は頂上を向いているから頂上から拝むもののようです。気づいてよかった・・・。

 

裏の下山道から降ります。

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富士塚の麓には末社の冨士浅間神社があります。

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こちらも実際の冨士山の麓にある神社です。

祭神は

ニニギノミコト→天孫降臨で地上に降りて来た神。

コノハナサクヤヒメ→ニニギノミコトの奥さん。イワナガヒメの妹。

オオヤマツミノカミ→山の神。コノハナサクヤヒメのお父さん。

 

先ほどの中腹にあった小御嶽神社のイワナガヒメもニニギノミコトに嫁ぎましたが、見た目がよろしくないということで家に追い返されたという神話があります。そのイワナガヒメがひとり5合目の祠にいることになります。なんかせつない・・・。

 

以上のように本来なら何日もかけてやる富士山周辺の参拝を十分ほどで終わらせることができるというありがたい富士塚でした。ぜひチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

 

 

鳥居もかっこいい。東京3大鳥居

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こちらは石造りの双龍鳥居です。東京3大鳥居の一つに数えられます。あとの二つは馬橋稲荷神社(東京都杉並区阿佐谷南)宿鳳山高円寺(東京都杉並区高円寺)にあり、いづれも見事な双龍鳥居です。

 

 

アクセス

 新馬場駅から徒歩2分ほど。

 

駐車場は何台も止めれないような小さいものなので

時期によっては神社に確認した方がいいかもしれません。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました!